強相関電子系のサイクロトロン共鳴の意義
de Haas-van Alphen(dHvA)効果やShubnikov-de Haas(SdH)効果等の量子振動の測定は、金属のフェルミ面を調べる実験手段として、最も強力な方法である。これらの測定から知ることができる情報は、フェルミ面の極値断面積、サイクロトロン有効質量、電子の緩和時間(ディングル温度)であり、極値断面積の角度変化からフェルミ面の形状も推測可能である。一方、サイクロトロン共鳴(CR)は電子の有効質量をダイレクトに測定できる実験手段である。サイクロトロン共鳴が固体中の電子に関して初めて観測されたのは、1950年代前半、Ge、Siといった半導体においてであった[1,2]。半導体の伝導帯、価電子帯といったバンド端の構造がCRによって決定されたことは有名である。半導体の結果に刺激を受けて、金属におけるCRにも興味が持たれたが、なかなか明確な共鳴は観測されなかった。結局、金属におけるCRが見出されたのは、少し遅れて1956年にAzbel' とKanerにより、金属表面に磁場を平行にかけたときに強い共鳴が観測されることが指摘されて以降である[3]。アルカリ金属、半金属、Cu、すず等で次々とAzbel'-KanerタイプのCRが報告された[4-13]。しかしその後は、表皮効果等のマイクロ波測定における困難の為か、金属においてはなかなか有力な測定手段とはなり得なかった。1970年代以降、フェルミ面の有効質量を見積もる研究という意味での金属におけるCR測定はほとんど影を潜めてしまう。半導体の研究においてはCRは今も主要な実験手段であるが、金属におけるCRの研究は、現在わずかしか行われていない。dHvA効果でわかるものをわざわざCRで測定する意義も見出せなかったのかもしれない。
しかしながら、熱力学的な物理量の振動を観測するdHvA効果測定と、系の励起エネルギーを調べるCR測定では、同じ物理を見ているわけではない。1電子バンド理論の枠内で、尚且つランダウ準位のエネルギーがフェルミエネルギーより遥かに小さいような状況では(通常の金属では十分満たされる)、半古典理論が適用でき、dHvA効果、CRの結果から導き出される有効質量は共に
m*H = (h2/8π3 )*(∂A/∂E )
で定義される"サイクロトロン有効質量"である(A はフェルミ面の断面積 E はエネルギー)。ところが、例えば電子間相互作用を考えに入れた場合、状況は大きく変わってくる。Landauのフェルミ液体論の観点からすると、相互作用する電子系の低温での性質は、相互作用の繰り込まれた準粒子で表される。この場合の熱力学的な物理量は、相互作用の効果を全て有効質量に押し込めて考えることができる。dHvA効果の有効質量もやはり、繰り込まれた準粒子の有効質量とみなされる。他方、CRに関しては、古くはKohnの定理により[14]、電子系全体の運動量が保存される並進対称系では、電子間相互作用の効果を取り入れてもCRの共鳴周波数は変化しない(有効質量は変わらない)ことが示されている。Kohnの定理はフェルミ液体論の立場でも正しく、一般にCRから見積もられる有効質量は、熱力学的物理量に現れる準粒子の有効質量とは違うものであると考えられている[15]。近年の有機導体のCR測定[15-21]、及びHill等のSr2RuO4におけるCR測定[22]において、量子振動から見積もられる有効質量とCRの有効質量の不一致が見出され、電子相関の効果が議論されている。
ところで、近年の物性物理学、主に磁性学の研究の主題として"電子相関"の研究が盛んである。遷移金属元素は内殻にd電子、f電子といった不対電子を持つが、金属化合物においては、d電子あるいはf電子の波動関数はイオンコアの外にしみだし、お互い重なり合って狭いバンドを形成したり、あるいは伝導電子と混成したりして遍歴的な側面を持つこととなる。このような場合に、特に重い電子系と呼ばれる一部のf電子系化合物においては、低温での磁化率や比熱の測定から決められた有効質量が自由電子の100〜1000倍に達するような物質が見出されている。この非常に大きな有効質量は、もともとの局在性を反映した強い電子相関を保ちながら結晶中を遍歴するf電子に起因していると考えられている。近年の強相関系における研究の成果として、希土類、ウラン化合物の純良化が進んだ。その結果、dHvA効果測定が行われ、非常に大きな有効質量を持ったフェルミ面が観測されている[23-25]。すなわち、遍歴するf電子と、その強い電子相関による有効質量の増大という見方をすることもできよう。このような観点からすると、"重い電子はサイクロトロン共鳴でみるとどう見えるのか?" という素朴な疑問が浮かび上がってくる。電子相関を有効質量に押し込めてしまう"衣をまとった電子"というフェルミ液体論の立場がもしも強相関系でも有効であるのならば、CRから見積もられる有効質量は電子相関の効果を繰り込む前の"裸の電子"のものとなるのであろうか?
実験的には、重い電子系どころか、ウラン及び希土類化合物のCRの報告自体がほんの僅かである[26]。CRには純良単結晶に加えて、強磁場、高周波、極低温が必要であり、特にdHvA効果測定に比べて高周波、極低温という条件は技術的に難しくf電子系CR測定の道を阻んできたと思われる。しかし近年、ウラン及び希土類化合物試料の純良化と高周波装置の発展により、f電子強相関系のCR測定が十分可能となりつつあるのではなかろうか。
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