大学院進学を希望する学生諸君へ


 瀧川研究室では、固体中の電子がお互いに強く相互作用することによって引き起こされる様々な量子多体現象を、核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance, 略してNMR)という手法を使って調べています。学部の固体物理学で学ぶように、アルミニウムがなぜ金属でシリコンがなぜ半導体かといった固体の多くの性質は、結晶中を電子がお互いに独立に運動すると考えて説明することが出来ます。しかし、中には電子同士がクーロン力のためにお互いに反発しながら動いていることを考慮して初めて理解できる現象があります。その代表は、鉄やニッケルなどが示す強磁性であり、また銅酸化物や重い電子系の超伝導もその例であると考えられています。このような多体効果と量子揺らぎが組み合さると、更に不思議な現象が起こります。圧力や磁場をかけると絶縁体が金属や超伝導体に変わったり、スピンを持つ磁性体でありながら絶対零度でも秩序的配列を示さないスピン液体状態が現れたり等々...物性研には、このような新奇な量子多体現象を示す新物質の合成を目指す幾つかの研究グループがあり、我々はそのようなグループと協力しながら、核磁気共鳴を使ってミクロな視点から新現象の謎を解明しようと研究を進めています。

 核磁気共鳴とはその名のとおり、磁場中での原子核のエネルギー準位を調べる方法ですが、物質中の原子核は周りの電子と相互作用しているために、電子の状態が原子核のエネルギー準位に反映されるので、原子核の測定を通じて電子系の磁気的・電気的な状態を知ることが出来るのです。核磁気共鳴の最大の利点は原子(サイト)選択性です。原子核は大変小さい粒子なので、観測している原子核のごく近傍の特定の原子(サイト)に関する情報を選択的に得る事が出来ます。通常、比熱や磁化率などのマクロな測定から得られるのは物質全体の平均的な性質ですが、核磁気共鳴を用いるとサイトごとに分離した情報が得られるのです。また静的な性質だけでなく動的な揺らぎの性質を知ることも出来ます。こうして得られたミクロな情報をもとに、固体の中で何が起こっているのかを突き止めることが我々の研究の目標です。原子核と電子の間の多彩な相互作用を反映して、核磁気共鳴から得られる情報には多様な種類があります。実験家の個性が強く表れる研究手段で、同じ物質を対象としても10人が実験をすると10通りの異なる方法が生じます。優れた実験は切れ味の鋭い刀のように物質の断面を鮮やかに見せてくれますが、よく考えないで実験を行うとナマクラな刀に変わってしまいます。

 核磁気共鳴の醍醐味はなんと言っても、謎解きの面白さにあります。研究対象である物質に面白い新現象が秘められていれば、核磁気共鳴の実験は必ず何か不思議な結果を示します。どうしたらその結果を説明できるか、仮説を立て次にそれを検証する実験を行う、というプロセスを繰り返しながら、自分で考えたり人と議論したりするうちに、ある日突然霧が晴れるように解決するときが来ます。不思議な現象を初めて見つけたときもワクワクしますが、謎が解けたときの感動は何事にも代え難いものがあります。時によっては解決するまでに何年もかかることもありますが、瀧川研究室に進学される諸君には是非そのような感動を味わって欲しいと思います。勿論そのためには、粘り強く注意深い実験と、最後まであきらめない執着心が必要です。